徳島地方裁判所 昭和23年(行)34号 判決 1948年11月18日
徳島県名東郡国府町
原告
山上銀二郞
同県同郡同町
原告
吉田侶章
右両名訴訟代理人
弁護士
中内二郞
同県同郡同町
被告
国府町
右代表者
町長
川野正一
右訴訟代理人
弁護士
盛麻吉
右当事者間の昭和二十三年(行)第三四号行政処分変更請求事件に付当裁判所は左の通り判決する。
主文
原告等の請求を棄却する。
訴訟費用は原告等の負担とする。
事実
原告両名代理人は、被告は町民手川国正に対し昭和二十二年度県民税町民税として県民税金五七五円、町民税金三五〇円を賦課徴收せよ。
被告は町民に対し昭和二十三年度地租附加税を右税の百分の百五十、家屋税賦課税を本税の百分の一八七・五の割合を以て賦課せよ。
訴訟費用は、被告の負担とする。
との判決を求め、その請求原因として原告等は被告の町民であつて且つ町議会の議員である。昭和二十二年十二月二十九日の町議会に於て議案第五十六号を以て昭和二十二年度県民税国府町民税賦課を議決し、県民税賦課総額金三五九、一二一円、町民税賦課総額金二一八、七八〇円、納税義務者一、三六八人の各人別税額を決議し、町民手川國正の県民税金五七五円、町民税金三五〇円を議決した。従つて被告は、手川国正に対し前記通りの税額の県、町民税を賦課したが、義務者から減額方の申出があつたので、元の令書を撤回して新たに減額した徴税令書を発行し、これに従つて收税した。右被告の所為は明かに町議会の決議を無視し、県及び町に対し、各減額高に相当する損害を與えたものである。法律的に云えば、議会の議決を経ない県、町民税の賦課であつて無効の賦課と謂うべきである。又減額すべき正当な理由ありと仮定するも町長單独の判断に依りて減額するは極めて非民主的專断横暴であつて、法律的に言えば、許すべからざる違法の賦課である。仍て議決通りの税額に変更されなければならない。次に昭和二十三年八月十六日の町議会に於て議案第三十五号を以て国府町税賦課徴收改正條例を附議し、議案第三十七号を以て予算を附議し、県税附加税たる地租附加税、家屋税附加税を「本税の百分の百五十」及び「本税の百分の百八十七・五」と決議されており、此の條例に基き、賦課すべき地租附加税、家屋税附加税は本税たる県税の百分の百五十並びに百分の百八十七・五であるべきであるのに、被告は本税の百分の百の割合で課賦徴收している。町長は、此の問題に関し、「本税というのは「賃貸価格」」と謂うべきでこれを誤つたのであると釈明しているが、果してそうだとすれば、誤りを訂正する更正議案を町議会に附議し、其の決議を経て、賦課すべきが当然であるのに勝手に誤りであつたから訂正して賦課したというが如きは、税に関する議会の権限を蹂躙したる非民主的專断行為であり、明らかに條例違反の違法たる賦課処分である。依つて右行政処分の変更を求める。
と陳述し、被告代理人の答弁に対し、行政訴訟は個人の権利の保護のみを目的とするものではなく、行政法規の違法な適用を是正するため、一般人の何人でもこの適法な適用を求めるためにも訴を起すことができるものと解すべきである。
(衆議院議員選挙法第八十一條、第八十四條、第十六條、参議院議員選挙法、第七十三條、第七十四條、地方自治法第六十六條、第六十八條、第二十七條等)原告は被告が地方自治法第九十六條第四号により地方議会の権限に属する地方税の賦課を議会の議決に基かずして賦課し、或は同條第七号により地方議会の権限に属する異議の申立を地方議会の議決を経ずして認容した違法を是正するため、本訴請求をするものであつて、利益のない訴とはいえない。又行政事件訴訟特例法に被告主張の如き規定はあるが、原告は行政処分の相手方即ち被処分者でないから、地方税法にいう府県税の賦課を受けた者ではなく、所謂訴願適格者でないから、本件は、前記法條により律せられないものである。行政庁の違法処分を裁判所の判決によつて適法な処分に是正することは断じて不当ではない。被告の主張こそ違法な行政処分に対する司法権の発動を不当に制約するものである。次に本訴は処分の違法を理由としているものであつて議決機関と執行機関との争議でない。本件の如く、処分が違法であり且つ議決無視である場合には、町議会も攻撃し得るであろうが、一町民としても争うことができるものである、と述べ立証として、甲第一、二号証を提出した。
被告代理人は、原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として行政訴訟は、行政庁の違法な行政処分により権利を害せられたとする者が、これが救済を求めるため、その処分の取消又は変更を求める場合においてのみ許さるべきである。然るに本件は訴外手川国正に対する課税額の変更及び総ての納税義務者に対する賦課の増額変更を求めるに帰するものであつて、原告等において自己の権利を侵害せられたという主張はない。かくの如き訴は利益のないもので却下せらるべきである。次に行政庁の違法な処分の取消又は変更を求める訴はその処分に対し法令の規定により異議の申立又は訴願等不服の申立ができる場合にはこれに対する決定裁決を経た後でなければこれを提起することができないこと行政事件訴訟特例法第二條により明らかである。而して道府県税については道府県知事に異議の申立、市町村税については市町村長に対する異議の申立及び道府県知事に対する訴願を許されておることは地方税法第二十一條第一項乃至第五項に規定する通りであるから、この手続を経て出訴し得べきである。本件においては此の措置に出ていないから、本訴は却下せらるべきである。尚行政訴訟は違法な行政処分の取消(変更は一部取消の意)を求めるものであつて裁判所が処分を取消し之に代わる決定をする所謂積極的形成判決をし或は行政庁に行為を命ずる判決をすることは特別の規定のない限り許されない。何となれば裁判所は行政機関ではないから行政庁に行政処分を命ずるのは行政権を不当に侵すこととなるのみならず其の判決を強制する道がないからである。然るに本訴は被告に行政処分を命ずることを求めるものであるから不適法である。仮りに原告の訴旨が執行機関たる町長が議決機関たる町議会の決議を無視し擅にこれを変更したことが違法であるからこれが取消を求めるというにするならばそれは議決機関と執行機関との争議であり、従つて町議会が原告となり町長を被告として訴うべきである。原告等が個人として或は一議員としての訴は不適法である。以上の主張が理由ないものとしても次に述べる理由によつて本訴請求の理由がない。即ち訴外手川国正に対する昭和二十二年度県民税、町民税の賦課額が町議会の議決額より減額して為されたるは違法につき之を議決額通り賦課徴收せよと謂うにあり、然れども町議会議決に係る賦課額は其算定の基礎に誤謬あることを発見したるにより之を是正したものである。即ち手川国正の賦課額算定に当り其基礎資料たる所得額が、二、一〇〇円と記入しあるを徴税係員に於て二一、〇〇〇円と見誤りて算定した結果、県民税五七五円、町民税三五〇円となつたもので漸くの如く誤記又は誤算なること明瞭なるものを更正することは行政上当然の措置なりと信ずる。昭和二十三年度国府町県税附加税中地租附加税は本税の百分の百五十、家屋税附加税は本税の百分の百八十七・五と議決されているに拘らず、之を本税の百分の百と賦課したるは違法につき之が処分の変更を求むるというにあり、然れども地租及家屋税は地方税法第五十二條第五十七條により夫々賃貸価格を標準として其賦課率に相当する率とすべきは同法第百一條第三項の規定により明かである。従つて本税が賃貸価格を標準として定められている以上附加税も右同様賃貸価格を標準として定めなければならない。昭和二十三年八月十六日町議会に附議した国府町税賦課徴收條例改正條例及予算案に本税の百分の百五十又は百分の百八十七・五とするは何れも賃貸価格と書くべきところを本税と誤記したものであり、議会直後各議員に其誤記あることを釈明した次第で議決額を変更賦課した事実はない。仮りに然らざるとするも同年九月二十二日の町議会に於て更に條例の改正をなし、本税とありしを賃貸価格と修正し、予算書の誤記に対しては正誤表を配布し、訂正承認を得たもので仮りに違法なりとするも其違法性は除却されたものであると述べ甲号証の各成立を認めた。
理由
原告の訴旨は被告町は昭和二十二年十二月二十九日の町議会において同年度県民税町民税の賦課を決議し、町民手川国正の県民税及び町民税の各数額をも議決したのに同人よりの減額請求に基き正当な手続を経ないで先きの徴税令書を取り戻し新に令書を発行しこれによつて徴税を為し又昭和二十三年八月十六日の町議会において国府町税賦課徴收改正條例並びに予算を附議し、地租附加税、家屋税附加税を議決したのに被告町は正当な手続によらないで右より小額の賦課徴收をしているが、右はいずれも違法処分であるから前記各町議会決議通りの処分をするように行政処分の変更を求めるというにある。
思うに裁判所は日本国憲法に特別の定のある場合を除いて一切の法律上の争訟を裁判する権限を有するが故に行政庁の違法処分の取消又は変更の裁判をすることができるのは勿論であるけれども、かかる裁判を請求する訴訟はいわゆる形成の訴であり請求認容の判決は常に形成判決であつて形成判決のうちでも積極的に自から或処分をすることはできないものであり又被告たる行政庁に対して特定の行為を為すべきことを命ずる給付判決の如きはこれを許さないものと解すべきである。
けだし裁判所は專ら判決により違法処分の効力を全部又は一部消滅せしめることによつてこれを匡正することを使命とし、行政庁にかわつて自ら特定の処分をなし又はこれに特定の処分を為すべきことを命ずるが如きは裁判所の権限に属しないところというべきである。而して右にいう変更とは行政処分の一部の取り消しによつてもつてその処分の内容が変更せられる場合を言うのであつて、原処分と異つた特定の処分を裁判所が自ら為し、又は行政庁に命ずるが如きをいうものでないことは上に説明したところによつて明らかである。然るに原告等の訴旨は冐頭に記載した通りであつて、被告代理人の論争あるにもかかわらずこの主張に係る各処分の取消を求めるのではなくて、被告に原告主張の町議会議決通りの処分をせよと請求するものであるからその理由のないものであることは上来説明するところによりこれを了解するに難くない。それのみならず行政庁の違法処分の取消又は変更にかかる訴訟は従来いわゆる抗告訴訟と称せられたものであつて、かかる処分により権利を害せられたとする者がこの救済を求める場合に許さるべきものであるが、本件において原告等からの主張に依る被告の処分によつて自己の権利を侵害せられたという主張もなければそのように認むべき根拠もないから本訴は権利保護要件を欠き理由のないものである。原告代理人は行政訴訟は個人の権利保護のみを目的とするものではなく行政法規の違法な適用を是正するため一般人の何人でも適法な適用を求めるためにも訴を提起することができる旨主張し、所論引用の衆議院、参議院各議員の選挙法規並びに地方自治法にはこの趣旨を含む規定があるけれどもこれらは一般民衆が何人でも正当の利害感を抱くものと認められる民衆的な公共の利害に関する事件なるが故に右のような特別の規定があるのであつて、かかる訴訟については原告等主張の通りであるが本件におけるが如き違法処分の取消又は変更にかかる訴訟の場合には同様に律することはできない。以上説明するところにより原告等の本訴請求は当を得ないものであるから、爾余の争点の判断をまつまでもなく、これを棄却するの外なきものと認め、民事訴訟法第八十九條を適用して、主文の通り判決する。
(裁判長裁判官 今谷健一 裁判官 赤塔政夫 裁判官 三木光一)